ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

国に納めてください

 会社を休む。なぜここで働くのかわからなくなるできごとが、またも降りかかった。欠勤という蠱惑的な選択肢は絶えず脳裏を遊泳しているものだ。今朝は、それをあえて振り払う動機が見当たらず、甘んじて手にかかった。なんとも快い。職場まで足を引きずるより、はるかに意義深い。

 会社の手違いで前年度の住民税を余分に徴収されていたことが発覚した。書類の管理がずさんで、税額の決定通知書が反故の山に埋もれていたから、私の給与所得を市役所が実際より100万円も高く見積もっているのにだれも気づかなかった。とはいえ市役所は、弊社の提出した不正確な源泉徴収票を信じただけだ。

 昨年度の途中に、その職務にふさわしい責任感を備えた経理担当者がようやく入った。私はきのうになってはじめて、その人から特別徴収税額の決定通知書を手渡された。このときに見たのは今年度の通知書で、昨年度分の行方はまだわかっていなかった。

 住民税額が昨年度より大幅に引き下げられている。「下がって嬉しい! けど、なんでですかね」と、私は素朴な感想を口にした。昨年度から収入のわりに税負担が重いという感触はあったものの、会社に対する最低限の信頼は残っていたから、決定された税額に異議を申し立てるべきではないと思っていた。

 経理担当者は「昨年度の住民税額の根拠となる書類を探すね」と答え、その通りにしてくれた。昨年度の決定通知書は、あらぬ棚のあらぬファイルに挟まれていた。そこで私は、自身より100万円以上高い収入を得ている市民と同額の税金を天引きされつづけていたという事実を知った。

 経理担当者から市役所に相談し、今後の手続きについては回答を待っている。還付を受けらるかどうか、定かではない。会社から私への返金は、当然ながら約束されたけれど、その期日も未定だ。

 「払いすぎた分は戻ってくるのだろうか」と慌てる経理担当者と私を眺めて、代表は「国に納めてください」と茶化した──私の雇用主であり、私に給与を支払う責任者が、そう口にしたのである。給与の未払いをまるまる一年つづけていた立場から、私を笑うことができるとは。従業員に負担を強いていた、会社に対する信頼を失った、知らずに法を犯した、そういった自覚がこの人にはなにひとつないのだ。従業員の生活はどうでもよろしいのだ。

 なけなしの財産が手元に戻り、ほんのわずか機嫌をよくし、同僚の気遣いにほだされ、ほんとうは怒るのもお金の計算をするのも苦手な私が事態をうやむやにしたくなる前に書きとめておく。ここにいてはいけない。

 雇用主はマナーやモラルどころか、法令遵守意識すら欠落した人間だったのだ。話し合いはとうてい望めない。価値観の相違や雇用条件について悩むことまでもが、高次の営みであると錯覚しそうになる。ここにとどまったところで、私の自尊心も価値も損なわれるばかりだ。

 貧乏に喘いだこの一年はなんだったのだろう。なぜ、よりによって私の財産を不当に取り立てている人間が、私を笑うのだろう。