ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

COVID‑19

 「よくなりますよ」と医師に言われた、との確認が取れたから、ようやく書く。両親が新型コロナウイルスに感染した。祖父母や猫をも含めて、実家に重症者は出なかった。ふたりは快方に向かっているとのことだ。インフルエンザ並の高熱を出したとはいえ、医学的な区分によれば「軽症」で済んだ。

 駆けつけることはできない、そばに寄ってはならない、代わりに助けを呼ぶこともできない、別れ際に顔を見ることさえ叶わないかもしれない……脳裏をよぎった、起こりえたあらゆる事態はすべて、杞憂に、たんなる暗い妄想に終わった。それにしても、一時は冷たい汗をかいた。両親も、妹も私も、ここまで運がよかっただけだ。

 母からの連絡を待つ、ほんの短いあいだではあったけれど、ある晩は、生きた心地がしなかった。想像力は、より悪いほうへ触手を伸ばす。肉体は認識することを拒み、冷たくこわばる。私自身は健康体のまま、しかし世界は欠落によって塗りつぶされ、塗り替えられて見える。「日常」の永続することを疑いもしない周囲と隔絶され、喪失を生きてゆく──そのような悪夢に囚われた。

 また、現在の私が杞憂あるいは悪夢と呼ぶものは、時を同じくしてこの社会に実在する、数かぎりない生身の人間を襲った体験であるという現実にも、思いを馳せている。忘れていたの? 生まれた家の人が死ぬかもしれないというときまで? なぜ忘れることができた?

 この二年間を生きのびた私たちの大半は、他人たちの死に慣れすぎたのだとおもう。統計上の数値に置換し、自身の内面と切り離すことで、規則正しい社会生活を維持している。だれもがそうするほかなかった。痛覚と危機感を鈍麻させ、かろうじて歩きつづけている。ここが安全な場所ではないとわかりきっているから、根拠なき安心ばかりを求める。正気でないから、平気でいられる。少なくとも私はそうだ。