ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

アンフェアネス

 二年あまりのあいだに三度の就職をし、ごくありふれた新卒なみに貧乏をしている私は、実家を出るまでお金に困ったことがない。首都圏の裕福な家庭に生まれ、自力で学費を払うことなく私立大学を出た。これは偶然だ。大いなる僥倖だ。

 けれど、恥を忍んで書きとめておく。私は私が勉強をしたから大学に入れたのだと信じていた。この傲慢きわまりない勘違いは、大学生活の半ばまで治癒しなかった。かりに、最初にすべりこんだ会社の環境になじみ、順調に給与を上げていたとしたら。いま、貧乏をしていなかったとしたら。個人の努力と自己責任への信仰にふたたび囚われていたにちがいないという、不愉快な自覚がある。この不愉快な自覚は、死ぬまで喉につかえていてしかるべきであり、それはそれとして、貧乏はやめたい。

 私は幸運にして幸福な子どもだった。ひとつには、家庭が安全な場所であり、また、すべての子どもにとって家庭は安全な場所であると思い込んでいられたからだ。もうひとつには、(試験によって計測できる狭義の)学力が高く、また、適切な訓練によってだれもが学力を向上させられると思い込んでいられたからだ。

 私は、入学試験にはおおむね意欲的であり、実際に意図した通りの結果を手にしてきた。とくべつ優秀だったのではない。多数の試験を受ける機会と、試験勉強のみに集中すればかまわない環境を与えられ、試験は完全に公正な競争であるという錯覚にもたれかかっていたためだ。

 努力は結実するとナイーブにも信じていた二十歳そこそこの私が、競争社会の強いる「競争」はアンフェアネスにつらぬかれているものであったと知らされる――それはまさしく足元が崩れ落ちるような経験だった。これまで素朴にかみしめ、ひしと抱きしめてきたはずの「成功」や「勝利」にさえ、ひびが入り、黒ずんで見えた。

 貧乏はやめたいが、貧乏であることにときおり安堵を覚える。未知の痛みを経験することで、痛覚があるのだとわかるから。裕福であることは決して悪くないが、たまたま裕福な家庭に育った鈍感な学生の私を顧みると、恥ずかしさで息がつまる。

 このような感情こそ、ごまかしか罪滅ぼし以上のなにものでもない。ようするに、自分がよい思いをすればだれかが割を食うほかない「競争」に嬉々として挑んできたことがわかって居心地がわるく、「勝った」ところで嬉しくなくなった、というだけだ。ほんのわずか形を変えて、私は依然としてひたすら私のことを考えている。生まれや育ちによって選択肢を制限されることのない社会を実現するために頭を使ったほうが、よほど有意義だ。

 しょっちゅう、こんなふうにおもう。子どもをほしがる人と私との決定的な差は、子ども(子どもという生きものは存在せず、人間の一時的な状態をさしてそう呼ぶだけなのだが)や世話を焼くことや他人たちとの生活を好むかどうかではなく、<生まれてきたことをどうとらえるか>にあるのではないか。

 話が飛躍するようだが、私のなかでは地続きのことがらだ。つまり、私は、学友と恩師に学び、打ちのめされ、足元が崩れ落ちていったあの日々から、生きてゆかねばならないことへの納得と確信を失ったままなのである。私はまぎれもなく幸運にして幸福な半生を歩んできた。しかしそれは、私自身の力で選びとったものではなかった。いま、ここは、すべての人にとってあたたかな場所ではない。