ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

光の糸

 会わない人のことは忘れるいっぽうだ。高校以前の友人は、数えるほどしかない。打算的に選別を試みているとか、過去を清算しようとつとめているとかいうわけではなくて、たんに記憶領域が貧しいのである。顔と名がおぼろげになるのと、声やしぐさが輪郭を失うのとは、おそらく同時に進行する。そのあとも、友人や恩師をまぶしく見上げていた事実は頭に残るものの、その人をまぶしさを偲んだところで、当時のようにまぶしく感じることはない。

 あっけなく忘れるものだから、思い出す手続きも簡便だ。ばったり会ったら、はっきりときらって別れていないかぎりは、たちまち嬉しさがこみ上げて、その場であすの約束など取りつけてしまいたくもなる。過ぎ去った年月が障壁となって自然にふるまえない、という感覚は身に覚えがない。会わなかった空白期間、その人の記憶があんまりきれいに欠落していると、想像していた姿と実際との落差というものが存在しえないから、ぎこちなくもならないのだろう。かつての同級生から食事に誘われた日は、部屋の隅で小躍りした。案外、私は、他人を厳しく拒絶する人間でもないのかもしれない。

 忘れかけていた人から連絡があると、ありがたいな、としみじみ思う。私にふたたび関心をもったことも、またその関心を示してくれたことも。ときどき、私をとりまくほとんどすべての人間関係が、相手の意志のみによって継続していることに気づく。あの一通のメッセージは光の糸だったのだ、そんなふうにはっとする。

 私には、もらって喜ぶくせに、あげないきらいがある。「去る者は追わず」とでもいえば聞こえはよいが、呼びとめられたら、肩を叩かれたら嬉しいのに、みずからそうすることはまれだ。声をかけたいからかけてきただけでしょう、したいからしてくれるだけのことでしょう、と驕っている。こんなに根が怠惰でも、他人たちとのあいだにはりめぐらされた糸が、ひとつ残らず切れてしまったことはない。ありがたいな、とやはり思う。

 私は妹が好きだ。口が悪い人間のなかで、好きなのは妹だけだ。私たちの仲のよさは、両親も級友も感心するほどだった。妹は昨年の夏に実家を出た。あれほど仲のよかった妹を、私はすっかり忘れて過ごした。

 妹は私を忘れなかった。私の引っ越し先が決まるまで、あれこれと母に質問をしたらしい(私を心配するとき、妹は私に連絡をよこさない)。新居の住所を報告したところ、「引っ越しを手伝いたい」と返信があった。妹が出て行った朝、私はひとり自室で寝ていたのに。

 私は心底驚いた。私は妹が好きだが、妹のほうではとうにそんなふうではないと決め込んでいたから。傍若無人と見えて、内心ではだれよりも家庭内を流れる大気に敏感であったに違いない妹は、肉親を悪しざまにいう気難しい私を避けているのではないかと。違った。妹も私が好きだ。妹は私に光の糸を投げかけた。

 「あのときはありがとう」や「ごきげんいかがですか」を、稀少な旧友に差しだしてみても、悪いことにはならないのではないかな、と思いはじめている。