ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

好きな人の好きな人

 二時間近く電車に積載され、はては都心に吐き出されてまで会いたいと思う友人が私にはおり、その人には思いを寄せる人がおり(彼女の好む用語を借りれば「おもいびと」ということになります)、つまり私には、好きな人の好きな人とでも呼ぶべき存在があります。好きな人の好きな人とは面識がなく、私からみれば他人にほかなりませんから、好きな人の好きな人のことは、好きでもきらいでもありません。しかし、好きな人について語る好きな人が私はほんとうに好きで、おしゃべりのつづくかぎり、頰をだらしなく弛緩させ、ゆるやかにうなずき、好きな人のあたためている好きという気持ちに、いつまでも手をかざしているのです。

 どういうわけか彼女も私のことを好いているらしく、私がおもいびとの話などしてみれば、好きな人が好きな人について語るところを嬉しげに観測してくれるのですけれど、私の話すことばが貧しくて、その時間は持続しません。愛するものを、解剖するなり剥製にするなりして語りつくしたいという欲求が私にはあるものの、他方「ほんとうに好きなものを、だれにも教えてやるものか」と企んでもいて、さらには、語りえぬものについては、沈黙しなければならないという気もしており、私はつねに愛するものを語りそこなうのです。