ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

家具店にて

 殺人的な真夏が死に、私は夏を生き抜きました。暑いのは早起きより人混みよりだめで、このところ「真夏の死」という小説の題を想起しない日はないほどでした。しかし気温と日照のほかは、例年通りの、事件性に乏しい日々でした。私は海にもビアガーデンにも寄りつかず、誘蛾灯におもむくみたいに、ソファにからだを沈みこませ、息をひそめてものを書きました。

 ふいに降りかかってきたできごとといえば、茹でたザリガニの味を知ったことくらいです。スウェーデン生まれの家具店にて、私は気の迷いから真っ赤なはさみのはみ出したプレートを注文し、たいらげたのち、家具店はザリガニを食べる場所ではないと結論しました。

 フードコートを出ると、つづいて私を誘惑したのは、ショールームの色彩と曲線でした。そこで、来年以降の住まいを思い描く遊びに興じました。畳の寝室にもベッドルームにもそれぞれのおもむきはあるが、ベッドが畳を踏みしめているのは唐突で色気が感じられないとか、ユニットバスはなにか性急でやはり色気が感じられないとか、好き勝手なことを言って回りました。ひとりぐらしのわが城についてはなにも決まらず、猫とそれに準ずるもののみを招くから客用の備品はいらないということだけを確かめあって帰ったのでした。