2020-01-01から1年間の記事一覧
古本を売って受けとったお金でカフェラテを飲みながら、これを書いている。あと七杯は頼める計算だ。資格試験の参考書や技術書にはそこそこの高値がつくらしい。それから、シオランのことばをひもとく『生まれてきたことが苦しいあなたに』も売れた。この一…
家族に愛着を感じない。正確には、家族という呼称に。 私は、私の家族という集団を構成する個々人のことをきらっているのではない。家族という制度あるいは概念に正の印象をもてないのである。おおざっぱにいって、「家族だからなに?」につきる。 最初に入…
私に父はない。夕食後から、すっかり、きっぱり、そういうつもりでいる。このような宣言は、書くべきでないことがらの最たるものだろう。ほんとうに死別したわけではないのだから。けれど、私に、父親と呼びたい人はもういない。 父であった人は、わが幼少期…
わがツイートはすべからくあまねくフリートである。すなわち、はじめから長期保存を意図しておらず、また保存に値するとも考えていない。 カメラロールやブックマークを整理する、というのはわりとポピュラーな暇つぶしのひとつではないかと思う。私はそれと…
私にはイケメンセンサーがないから、と電話の向こうの恋人に言うと、当然ながら「イケメンセンサーってなに?」と返ってきた。「好きな男性芸能人はいないの?」とかいったとりとめのない会話をしていたときのことだ。<イケメンセンサー>は私の造語である…
私はヘテロセクシャル男性と交際している、バイセクシャル女性(のからだの持ち主)です。同性と交際した経験はありません。これまでに受けた質問に答えます。 ここで取り上げるのはおもに、友人からためらいがちに差し出された素朴な疑問です。「それは気に…
ロレーンとデルフィーヌを実家に迎えて九ヶ月経つ。私は猫を知り、猫がわからなくなった──すなわち、二匹を知ったのと引き換えに、猫という普通名詞がまとっていた印象を喪失した。かつて私は猫をどのように見ていただろうか? 気まぐれ、冷淡、神秘的? 思…
カフェの店員の頭部から赤い角が生えている。猫らしきものの耳や、レースの装飾もある。それで、きょうはハロウィンであったと知る。関心をもたないものにとっては、すれ違う他人たちに教わるまで思い出さないほどの些事である。行事に不参加の自由が保障さ…
「ひらちゃん、足立区ほろぼすってよ」──私は思わずそうつぶやいていた。これは東京都足立区議会の白石議員がセクシャルマイノリティを差別する発言をしたとの報道を受けてのことだ。当然ながら、私は足立区や足立区民に悪感情を抱いているのではない。「こ…
家の人のプライマリな関心の対象が実子から二匹の猫に移行したことによって、私をとりまく親子関係はいくぶん良好になった。家の人は、私をなるべくそばに置いておこうとしたり、私の悲しみを私のごとく悲しんだり、私の壊滅的な社会生活のセンスを目の当た…
毎朝の化粧に五分もかけない。なるべく寝ていたいから。水で顔を洗い、日焼け止めを塗り、眉のあたりにだけベビーパウダーをはたいて、眉毛を描く。マスクを着用せずに外を歩けたころは、唇を静脈血みたいな赤色に塗るのが好きだった。あとは、気が向いたと…
ひとり暮らしは、いいよ。私を新居に招いた妹がくりかえす。いいなあ、と私のほうでもしきりに言うのだった。職場の近くに越して一週間足らず、人を泊めるのは私がはじめてだという。たしかに日用品やら雑貨やらの不足は目立つが、とりたてて困ることはない…
私が家の人に発達障害ではないかとたずねられたことをうちあけたさい、「そうは見えない」と答えた友人のひとりもなかったことは、まことにさいわいだった、と思い返すたびしみじみする。受診してみないので、結果はわからずじまいである。それでかまわない…
一社目の「優良企業」をぬけだす以前のほうが、周囲のだれもが「やめていい」とうなずく環境に身を置く現在よりずっと頻繁に、「やめたい」とさんざん書き散らしていた。その理由はふたつほどある。 ひとつめは、「とりたてて瑕疵のないこの会社を早期に離れ…
デートの最中に、突如として吐き気を催したかと思えば、盛大にお腹を下した。ほどなくして回復し、最愛の宇宙人にいたわられたので、いつもどおり機嫌よく帰った。ひさしぶりのごちそうで、食べすぎちゃったな。そんなことばをこぼし、見送られた。週末の夜…
昼過ぎに早退する。在宅勤務の日だから、チャットにひとこと書き残してノートパソコンを閉じるだけだ。着替えて横になり、目がさめると妹はすでに寝ている。私は人が帰ってきた物音くらいでは起きない体質だ。だからといって、睡眠の質がつねに高いともかぎ…
最愛の宇宙人から、内定の報告を受けた。納得と満足と安堵に包まれながら、私は彼を電話越しにねぎらった。自己アピールどころか自己紹介さえしたがらないような人だから、はじめのうちは面接をおそれていたようだが、彼の場合、誇大広告に走る必要はなかっ…
松任谷由実の「中央フリーウェイ」が最愛の宇宙人は好きなのだそうで、それは「たのしくて、さびしいから」だと散歩の途中で教えてくれた。正月にしてはあたたかい夜だった。「翳りのあるごきげんナンバーだよね」とか言いながら私はうなずいた。(ところで…
転職を決意するまでに、二ヶ月ともたなかった。試用期間内である。この堪え性のなさは、昨年ひとつめの会社を半年あまりでぬけだしたときとまったく変わらない。ただし、今回ばかりは事情がことなる。私は転職の意思をすでにちらつかせているが、だれも驚か…
職場では週にいちど「勉強会」を催す。著名な経営者の自伝を輪読し、感想を語りあうというものである。なんの意義があるか。私にとっては、ここでの社会的通念とのチューニング、につきる。この土地の不文律を、肌にしみこませるための会だ。 私はそこで、共…
いつぶりにか、朝食をとる。戸棚にひとつ残っていたチーズ入りのパンと、常備しているヨーグルト。食いしんぼうのデルフィーヌが目を光らせる。ロレーンは人間たちの活動にはかまわず寝つづけており、そんなところが私にそっくりだと家族は笑う。二匹の額を…
南の窓際に置かれたソファで仰向けになり、干したての布団と同じ温度の毛むくじゃらを腹にのせてこれを書いている。キジトラ猫のデルフィーヌである。実家には二匹の保護猫を迎えたばかりだ。もう一匹は、三毛のロレーン。ロレーンとデルフィーヌというのは…
高校時代からつきあいのつづいている友人と、きのうは半年以上ぶりに会った。彼女のほうから新年のあいさつをくれたのがきっかけだ。それまで、彼女は私の体調を慮り、また私のほうでは彼女が慣れない仕事のために多忙をきわめていると思い、連絡を控えてい…
私と交際相手とは、いわゆるサプライズを苦手とする。想定外の事態、大きな音や光、人混み、喜びや驚きを瞬発的かつ明示的に出力すること……私たちの不得手とする数々の要件から、サプライズは成っているのだ。互いにそれは知りつくしているから、ふたりのあ…
病状は一進一退、されどゆるやかに快方へ向かっている。年末あたりから、ようやくそのような実感をもちはじめ、からだはあいかわらず操縦しづらいものの、こころもちは安定している。むろん、転職活動がはかどらないことに対する焦りはたえずつきまとうし、…
今年、十二支の三周目に突入する「もういい歳」の私がいまさら家族を悪しざまに言うのは、逆説的ながら、そのことに罪の意識を感じるためでもある。「出てゆきたい」と口にするとき、棘をまきちらしているという不愉快な自覚がある。これは不健康な状態では…
男女の友情は成立しうるか──この問いに「はい」と答えねば私は友人を失う。「男女の」は「恋愛対象となりうる性別間における」の粗末な翻訳、短縮表現であろう。バイセクシャルの私は男とも女とも友情を築けない、というのは奇妙な話だ。 ただし、人間を男/…
一年のうちでいちばん好きな時期は年の瀬で、年の瀬を破りにおとずれる年明けがいちばんきらいだ、とずっと思っていた。ところが、二〇二〇年はそうでもないな、と感じてこれを書いている。きのうも妹と「年末年始感ないね」と言いあった。私たちはもう、両…