2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧
婚姻制度にみずからを投げ入れたさいの利点として、代理手続きや遺産の相続が可能となる、などのことがらにはうなずけるが、「絆」「責任」などと呼ばれる感情的な側面には、私の理解はとうてい及ばない。この側面とは、「結婚をすれば一人前になれる」とか…
バスに収容されたのちも、未練がましく、ここで引き返そうかという甘い期待がちらつくようになって以来、平日は悪夢ばかり見る。また会社をやめたい話か、よく書くことが尽きないものだ、と私は私に呆れながらも書かずにはいられないのだが、主題の反復は、…
理由を訊かれることに痛痒を感じる場面が多々ある。なぜ髪を切ったのか、なぜ飲み会に来られないのか、なぜ「うちの会社」に入ったのか。それらの質問には、たいてい、差し支えがあれば答えなくてもかまわない、という注釈がついている。これによって、答え…
今月の手取りも、日給に換算すると、個別指導塾のアルバイトより少ない。能力の低さに見合った報酬には違いないが、拘束時間をみるに不当だという感触もある。相変わらず、出勤前に固形物を飲みこめるほど体調のよい日はまれだし、バスに積載された頭は朦朧…
疲れているときに見たくなるのは、人間のなかでは毎週日曜日に会う顔だけだ。その人は、私の破れやすい神経を刺戟せず、ふさぎこんだ気分に感染もしない。かつ、くたびれたところをひらいて見せるのに、私自身がやぶさかでないといえる。いちじるしい内向型…
懐かしさをひらめかせた引き金は、さきおとといの場合、匂いでも味でもなく、楽曲の一節でもなく、ストリートビューが捉えた高架下と空の色だった。最寄駅の薄暗い裏通りが、小学生だったころの夏休みと同じ彩度をもって映り込んでいたのだ。 時間帯は早朝と…
髪を顎のあたりまで切った。浴室を出てすぐベッドに倒れ込みたく、いつまでも乾かない長い髪が煩わしかった。ショートヘアがしっくりこないことは熟知していたが、気に食わなければまた伸ばしたらよろしかろう、と結論して切った(私は美容院が苦手なのに、…
違和や不愉快を覚えたとき、それらが永続するかのように思いなし、みずから苦痛を増幅してしまうのは、ただちに治すべき思考の悪癖に違いない。私は会社をやめたいが、会社勤めをきらう要因が取り除かれる可能性を排して、こう言っているにすぎないのだ。 私…
私の本名は実用的である。画数のきわめて少ないことには、なんらかの試験を受けるたびに感激するし、少々風変わりで弁別性に富むが、読みかたに困るほどではない。それから、なにより重要なことだが、かなりかわいい。同音反復のところが言いにくいらしく、…
脅迫めいた勧誘を受けて以来、労働組合には入らないと決めている。先月の昼休み、組合員は親しげな笑みを顔に貼りつけ、突如として私に近寄り、まだ迷っているのか、というようなことを言ったのだった。加入の意思はないと私は告げた。「会費を払わずに恩恵…
「なぜ子どもをほしがらないのか」と咎められたなら、「あなたはなぜ子どもをほしがるのか。つまり、あなたがたのほうは、なぜこういった尋問を受けないのか」と抗議するほかない。しかし、かつて同じ質問を「他人の心理に興味がある」といった素朴な調子で…